遺伝医学と遺伝サービスにおける
倫理的諸問題に関して提案された
国際的ガイドライン

 

PROPOSED INTERNATIONAL GUIDELINES
ON
ETHICAL ISSUES IN MEDICAL GENETICS
AND GENETIC SERVICES

WORLD HEALTH ORGANIZATION

HUMAN GENETICS PROGRAMME

1998


監修:松田一郎
編集:福嶋義光
翻訳:松田一郎, 友枝かえで
編集協力:小児病院臨床遺伝懇話会

PROPOSED INTERNATIONAL GUIDELINES
ON
ETHICAL ISSUES IN MEDICAL GENETICS
AND GENETIC SERVICES
Report of a WHO Meeting on Ethical Issues in Medical Genetics

 

Geneva, 15-16 December 1997

WOPRLD HEALTH ORGANIZATION, 1998
This document is not a formal publication of the World Health Organization(WHO), And all rights are reserved by the Organization. The document may, however, be freely reviewed, abstracted, reproduced and translated, in part or in whole, but not for sale or use in conjunction with commercial purposes. The views expressed in documents by named authors are solely the responsibility of those authors.
日本語訳監修者序
DC. Wertz, JC.Flecher,K. BergらはWHOのV. Bouljenkovらと共に“Guidelines on Ethical Issues in Medical Genetics and the Provision of Genetic Services”をまとめ、1995年に提案した.これは既に福嶋義光先生を中心とする小児病院臨床遺伝懇話会のメンバーによって日本語訳が出され,内容については昨年,藤木典生先生が主催された神戸、福井での“UNESCO Asian Bioethics Conference and the WHO-associated Satellite Symposium on Medical Genetics Services”でもかなり論議された.また今回のガイドラインの中でも触れられているように,各国から、またWHOの職員メンバーからも数々のコメントが提出されたそうである.こうしたことを背景にして,今回提案されたガイドラインの意味を考え、また前回1995年のガイドラインと比較すると,内容としてかなりの改善がみられ,数々の論議はそれぞれの意味を持っていた事をうかがわせる.特に遺伝疾患の患者,及びその団体の意見を尊重しようとする姿勢が目に付くし,われわれもそれを高く評価したい.また,今回のガイドラインでは,単一遺伝子病のみでなく,多因子遺伝病に対しても,前回のガイドラインを大きく上回った配慮がなされている.

今後われわれに残された課題は,これを土台にして各領域の専門家の知恵を集め,我国に相応しいガイドラインの再構築をはかることであろう.日本人類遺伝学会は1994,1995年にガイドラインを出し,各関連学会の支持を得たが,今回のガイドラインを読むと,最近の人類遺伝学研究の成果も踏まえ,新しいガイドラインの検討に入る時期にきている事を予感させる.

 

日本語訳監修
松田一郎(熊本大学名誉教授)

日本語訳編集者序
“Guidelines on ethical issues in medical genetics and the provision of genetics services ”を小児病院臨床遺伝懇話会のメンバーの協力を得て日本語に翻訳し,1997年9月に小冊子「遺伝医学の倫理的諸問題および遺伝サービスの提供に関するガイドライン」を作成した.これを日本人類遺伝学会会員を中心に,医師,研究者,マスメディアの方,患者サポートグループの方など希望者に配布したところ多くの御意見をいただいた.

医師・研究者からは書かれている内容は妥当であり,今後の遺伝医学の健全な発展のために役立つだろうという概ね良好な反応が得られたが,患者サポートグループや一般市民の何人かの方からは,現在の日本の遺伝サービスが不十分な医療状況では自由な選択とはいっても,かなり強制されてしまうのではないか;出生前診断は優生思想ではないとはいうものの,遺伝病撲滅が目的で,障害者差別が助長されるのではないか;日本はまだ村社会であり,個人の自己決定権が不完全な状況で,遺伝子診断などの新しい技術が広まっていくのは危険ではないか,などいくつかの懸念の声が寄せられた.

これらの危惧はガイドラインそのものというよりも,我国の医療全体に対する不信感と不十分な遺伝カウンセリング,不十分な遺伝医学教育および不十分な遺伝医療に基づくものであり,我国における遺伝医療システム(政策)の構築が急務であることを示している.そのためには広く情報を公開し,お互いの信頼関係をもとに建設的な意見を交換することが重要であると考えた.

1997年12月,世界各国から20数名の遺伝医学専門家がジュネーブに集まり,1995年のガイドラインを基礎に国際的にも通用するガイドラインを検討した.今回,WHOからその国際的ガイドラインが提案されたので,前回同様,日本語版の小冊子を作成することにした.今回も遺伝医学セミナー受講者,臨床遺伝学認定医,日本人類遺伝学会会員をはじめマスメディア,患者支援グループの方々など希望する方に広く配布する予定である.

日本語訳を編集するにあたり,翻訳を担当された松田一郎先生と相談し,適切な日本語がない倫理用語については次のように記載することにした.[autonomy]:オートノミー,[beneficence]:善行,[non-maleficence]:被害防止,[justice]:正義.その他,翻訳したために元の意味が不明となる可能性のある言葉にはその後に[ ]内に原語を示した.編集に際しては小児病院臨床遺伝懇話会のメンバー,とくに大橋博文,當間隆也,黒澤健司,川目裕,各氏の御協力をいただいた.あらためて謝意を表する次第である.

前回のガイドラインと同様,遺伝医学に関心のある多くの方々にこのガイドラインを読んでいただき,我国の遺伝医学の健全な発展のために御尽力いただくことを願うものである.

 

日本語訳編集者
福嶋義光(信州大学医学部教授)

 

 

前言

遺伝医学および逓伝サービスにおける倫理問題に関するガイドラインを作成するにあたっての基本概念は, 以下に示す地球規模における倫理と保健に関するWHO文書:WHOの役割と関与(WHO’s Role and Involvement[1])に記されている.
“これまで数多くの国際委員会,特別委員,顧問グループ,それに多くの報告書,ガイドラインなどが生命倫理の問題について提言してきた.倫理に関して,WHOは各国フォーラムや各地域フォーラムが既に行ってきたこと,また現在行っていることを繰り返すつもりはない.WHOの倫理に関する関与は,その地球規模で果たすべき使命,その保健に関する包括的ビジョン,その保健活動の国際協力への義務などに直接由来している.  WHOは,特殊な保健問題や学問分野を越えて,倫理を公衆衛生政策と診療全般に,そして国際保健協力に取り入れることにこそ主眼を置かなければならない.多分,このことを最も強く推進する理由は,あらゆる人,あらゆる国でのヘルスケアサービスへのアクセスとその利用について,公正さを高めることにある.WHOは,国と地域でのアプローチの違いを明らかにし,有効な解決策を見出し,地球規模で基準と現実の調和を増進することで,国と地域,両者の協力に寄与することになろう.”
このために,WHO人類遺伝プログラム[the WHO Human  Genetics Programme]は“遺伝医学の倫理的諸問題および遺伝サービスの提供に関するガイドライン[Guidelines On Ethical Issues in Medical Genetics and the Provision of Genetic Services]”の起草文書[2]を作成した.この文書は広く世界中で読まれ, さまざまなコメントがあらゆる国から,またWHOのスタッフから寄せられた.起草文書と寄せられたコメントは1997年12月15-16日,ジュネーブで開かれた “遺伝医学における倫理的諸問題”に関するWHO会議での背景になった.会議の出席者は発展国,発展途上国,双方におけるこの分野の専門家である.
会議の目的は,遺伝医学における倫理問題を見直し,遺伝医学と遺伝サービスにおける倫理問題の国際的ガイドラインを提案することである.こうして提案されたガイドラインはこの会議の出席者全員によって採択された.以下にそれを示す.

 

List of Experts

Professor O.O. Akinyanju, College of Medicine, University of Lagos, P.M.B. 12003, Lagos, Nigeria

Professor K. Berg, Director, Institute of Medical Genetics, University of Oslo; and Director, Department of Medical Genetics, Ulleval University Hospital, P.O. Box 1036 Blindern, N-0315 Oslo, Norway (Chairman)

Dr. J.M. Cantu Garza, Chief, Genetics Division, Centro de Investigacion Biomedica de Occidente, Instituto Mexicana del Seguro Social, Siena No. 1068 Lomas de Providencia, Guadalajara, Jalisco, Mexico

Professor M.A.F. El-Hazmi, Department of Medical Biochemistry, College of Medicine and King Khalid University Hospital, P.O. Box 2925, Riyadh 11461, Saudi Arabia

Professor D.D. Farhud, Head, Unit of Human Genetics & Anthropology, University of Teheran, School of Public Health & Institute of Public Health Research, P.O. Box 1310, Teheran, Islamic Republic of Iran

Professor J.C. Fletcher, Professor of Biomedical Ethics, The Center for Biomedical Ethics, Box 348, Health Sciences Center, University of Virginia, Charlottesville, VA 22908, USA (Co-Rapporteur)

Professor N. Fujiki, Professor Emeritus, Fukui Medical School, Shimoaizuki, Matsuoka-cho, Fukui Prefecture, 910-1 1 Japan

Professor H. Hamamy, Professor of Medical Genetics, Mustansiriya College of Medicine, Baghdad, Iraq

Professor V.I. Ivanov, Director, National Research Centre for Medical Genetics, Moskvorechie str., Moscow 115478. The Russian Federation

Professor B.M. Knoppers, Centre de recherche en droit public, Faculte de droit, Universite de Montreal,C.P. 6128, succursale A, Montreal, Quebec, Canada H3C 3J7

Dr Xin Mao, Division of Genetics, apartment of Psychiatry, West China University of Medical Sciences, Chengdu 610041, China and Section of Molecular Carcinogenesis, Haddow Laboratories, Institute of Cancer Research, 15 Cotswold Road, Sutton, Surrey SM2 5NG, UK

Professor J.-F. Mattei, Centre de Genetique Medicale, Hopital d’Enfants de la Timone, F-13385 Marseille Cedex 5, France

Professor V.B. Penchaszadeh, Director, Division of Medical Genetics, Beth Israel Medical Center, First Avenue at 16th Street, New York, NY 10003, USA

Professor I.C. Verma, Head, Department of Medical Genetics, Sir Ganga Ram Hospital, Rajinder Nagar, New Delhi 110060 India

Professor D.C. Wertz, Division of Social Science, Ethics and Law, Eunice Kennedy Shriver Center for Mental Retardation, Inc., 200 Trapelo Road, Waltham, MA 02254, USA (Co-Rapporteur)

Professor R. Williamson, Director, The Murdoch Institute, Royal Children’s Hospital, Flemington Road, Parkville, Melbourne, VC 3052, Australia

Council for International Organizations of Medical Scienccs (CIOMS)

Dr. J. Gallagber, Consultant

WHO Setretariat

Dr Hu Ching-Li, Chairman, WHO Steering Group on Ethics and Health

Dr B.G. Mansourian, Director, Office of Research Policy and Strategy Coordination

Dr N. Biros, Director General’s Executive Secretariat

Dr V. Boulyjenkov, Human Genetics, Division of Noncommunicable Diseases (Secretary)

Mr S.S. Fluss, Office of Health Policy in Development

Miss G. Pinet, Health Legislation


目次

要約[EXECUTIVE SUMMARY]

 1. 緒言[Introduction〕
 2. 医学における倫理原則[Ethical Principles in Medicine]
 3. 遺伝医学の目的と実践[Goals and Practices of Medical Genetics]
 4. 遺伝サービスに対する倫理原則の応用
    〔Application of Ethical Principles to Genetic Services]
 5. 遺伝カウンセリング[Genetic Counselling]                
 6. 遺伝スクリーニングと遺伝テスト[Genetic Screening and Testing]      
 7. インフォームドコンセントと遺伝テスト[Informed Consent and Genetic Testing]
 8. 発症前テストと易罹患性テスト[presymptomatic and Susceptibility Testing]  
 9. 情報開示と守秘義務[Disclosure and Confidentiality]          
 10. 出生前診断[Prenatal Diagnosis]                   
 11. 預けられたDNA[Banked DNA]                    
 12. 生殖補助技術と遺伝医学[Assisted Reproduction and Medical Genetics]  
 13. 謝辞[Acknowledgements]              
 14. 参考文献[References]
表1.医学に関連した倫理原則
表2.遺伝サービスにおける生命倫理の基本
表3.遺伝カウンセリングに関する倫理規範
表4.遺伝テスト,遺伝スクリーニングのためのガイドライン
表5.オートノミーとインフォームドコンセントに関して提案された倫理ガイドライン
表6.発症前テスト及び易罹患性テストに関する倫理ガイドライン
表7.情報の開示,守秘義務に関するガイドライン
表8.出生前診断の倫理ガイドライン
表9.出生前診断の前に行われる遺伝カウンセリングの要点
表10.預けられたDNAへのアクセスについて提案されたガイドライン

要約

この文書の内容は会議に出席した専門家の全てが同意に達したものである.遺伝医学領域における急速な進歩は,それが新しい展開をもたらす度に,こうした討議を続けていく必要性を示唆している.この意味において,このガイドラインは,一定の期間を置いて見直されるべき性質のものである.われわれのグループは,遺伝医学サービスの倫理と提供の問題に関する国際的論議において,WHOがリーダーシップをとることが重要であると認識している.

以下に述べる提言は遺伝的障害を抱える人,およびその家族を守るために,国レベルおよび国際的レベルで,それら意思決定者を支援することを目指したものである.また,人類遺伝学,遺伝医学の進歩が公衆衛生にもたらす大きな潜在的価値を認識し,さらに,その運用については,全ての人からのアクセスを可能にし,世界的レベルでの倫理と正義に基づいて施行されるように,政策を決め,実現することを目指している.

過去20年間における人類遺伝学の進歩は,疾患と健康に関与する遺伝の知識に大きな変革をもたらした.今やDNAは世界中で多数の人が罹患する重篤な単一遺伝子病のみでなく,癌,心臓病,精神病,さらにはある種の感染症におても,その素因として関係していることが知られている.

これらの知識は,適切に運用されれば,全ての国で人々のより良い保健の達成に極めて重要な働きをすることになろう.だが,これらの進歩は,オートノミー,正義[justice],教育,またそれぞれの国,コミュニティーの信仰や,法規に従って,それらの運用が倫理的に行われたときにのみ,世間に受け入れられるものになる.

遺伝学はこの世に“優等な遺伝子”,または“劣等な遺伝子 “というものは存在しないことを教えてくれる;人類が持つ多様性も,人類の存続も遺伝的多様性と環境との複合体がもたらす相互作用に依存している.

普遍的倫理の考慮.遺伝知識の医学的応用は,医の倫理の基本原則[general principles]に基づいてなされなければならない;個人及びその家族に善なるものを与えること,危害を避けること,選択は情報開示後に自由意思でなされること,個人的,社会的正義の達成を促進すること.これまでもWHOやその他の機関がしばしば取り上げてきたこの原則は,他の医学領域のそれと同様である.

遺伝データの適切な運用.われわれは遺伝子を両親から受け継ぎ,子どもたちに渡し,近縁や遠縁の血縁者と共有している,そこで,遺伝診断,テスト,処置の全てが多くの人に関連したものになる.

遺伝データは家族または民族の利益になることにのみ使用されるべきであり,決して烙印を押すためや,差別に使ってはならない.

遺伝スクリーニング,遺伝テストの自由意思による参加. 成人またはヒト集団を対象とした遺伝テストは強制的に行ってはならない.

如何なるテストも,個人及び家族が自からの要請および道徳的信条に従って,受け入れるか,拒否するかを自由に決め得る状況で,提供されるべきである.

テストは全て,その目的,得られた結果に関しての適切な情報,さらに可能性のある選択肢が与えられた状況下で進められるべきである.

子どもは,子どもにとってのより良い医学的ケアを目的とした場合のみ,テストを受けるべきである,例えば早期治療が子どもにとって便益をもたらす新生児マススクリーニングはそれに相当する.

出生前テスト.出生前診断はそれを求めている人には提示されなければならない.しかし,そのテストを受けるようにカップルに圧力をかけてはならない.また胎児がある遺伝病に罹患している時でも,テスト結果を妊娠継続,中絶を強要する具に利用してはならない. 生殖医療での意志決定は,テストを受けた本人に任せられるべきであり,医師または政府が関与してはならない. 女性は生殖に関連した全てのことについて,重要な決定者であるべきである.

出生前診断は,両親,医師に胎児の健康に関しての情報が与えられるときのみ行われるべきである;レイプや近親相姦と関係ない場合の父性の確認および?連鎖遺伝病と関係ない場合の性選択は認められない.

正義[justice]はサービスヘの公正なアクセスを求める. 疾患の,予防,診断,治療のための遺伝サービスは,費用の支払能力に関係なく,全ての人に利用可能でなければならない.また,それを最も必要としている人に最初に供給されなければならない.

遺伝データは守秘義務によって守らなければならない. 遺伝情報は個人,または家族を有利にしたり公的な権能を与えるために,そして疾患のより良い治療や予防に役立たせるためにのみ用いられるべきである.保健に関してのデータは遺伝医学専門家によって集計され,安全で秘密保持されたファイルに保存されなければならない.

遺伝データは,被験者からの十分なインフォームドコンセントなしに,保険会社,雇用者,学校,政府機関に伝えてはならない.守秘義務及び差別排除の双方を法律によって規制することを可能,もしくは必要としている国もある.

遺伝カウンセリングは,正確で,十分な,偏りのない情報の提供であり,保護的で職業的な関係のもとに行われる.提案することはあっても彼ら自身に関する決定については,個人,およびその家族に任せられる.如何なる遺伝テストの場合も,カウンセリングはその事前に行われるべきである.そして,得られた結果がそれを受けた個人,およびその家族に選択の必要性が生じるなら,カウンセリングは続行されるべきである.

遺伝カウンセリングの機会は全ての人に与えられなければならない,またその内容はできるだけ非指示的でなければならない.

一般大衆及び医療関係者に対する遺伝学の教育は極めて重要である

遺伝は医療の中で年々重要な地位を占めつつある,そして,多くの人がこの新しい知識の誤った運用を危惧している.全ての文化圏での,全ての人に対して,保健に関する人類遺伝学の基本を教育する必要性を,明確に力説するのは重要なことである.

教育は相互交流で成り立っている.遭伝性疾患に罹患した人々への支援・支持グループから,遺伝医学専門家,および他の医療従事者は多くを学ぶことができる.こうしたグループは遺伝サービスにあっては不可欠であり,政策や教育のなかでその主張を保証すべきである.

結論.WHOおよびその構成国は,これまで述べてきた問題を最優先課題とし,これらの議題について,国内及び国際間で審議し,同意に達するべく努力し,遺伝医学における進歩が倫理的に,社会に便益をもたらすことを確実にするため,国レベル,国際レベルで倫理基準を制定することを緊急提案する.WHOおよびその他の国際機関が,ヒトクローニングを目的とした試みを,如何なるものであっても,安全性に乏しく非倫理的であり,このガイドラインで扱っているもっと深刻な問題への集中力を失わせるという理由で拒否しているのを,正しい行為であると認めている.
1.緒言

提案されたガイドラインは,遺伝性疾患に罹患した人,およびその家族を守り,保健政策に関する政府最高責任機関,公衆衛生機関の役人および職員,医師,その他の医療従事者に告知することを意図したものである. 特に,遺伝医学サービスについては,全ての国々の,全ての人々が公平にアクセスできるようにすることが地球規模での課題である.そこで,本書は“21世紀の保健政策”に関するWHO指針の一部を構成するものとみなされるべきである.WHOの主たる目的の一つは,保健政策および実践全般,ならびに国際保健協力での倫理の融和を推進するものでなければならない.

提案されたガイドラインの第一の目的はWHO参加各国[Member States of WHO]の政策立案者,役人,臨床医,その他の健康管理者に役立ち,遺伝情報や遺伝サービスが倫理的に認められた方法で,広く一般診療に導入されるのを確実にすることにある.第二の目的は,遺伝情報誤用,容認不可能な行為を防止するための適切なコントロール機構が,各メンバー国に存在することを公にし,人々を不安から解放し,安心させることにある.メンバー各国は本書の広い視野に立つ基本概念,ガイドラインを基点として,それぞれ独自の政策及び実施要綱を定めることができる.

人類遺伝学の知識は,それを個人,家族,またはコミュニティに,適切に運用することで人々の保健向上に大きく寄与する可能性を潜めている.こうした発見や情報が,倫理的に受け入れ可能な手法で,また文化, 宗教のもつ多様性を尊重する手法で,プライマリーケアに導入されれば,遺伝性疾患についての診断,治療,予防にさらなる便益を発展国,発展途上国の双方にもたらす事になるだろう.

遺伝学および生命医学の[biomedical]技術は新しい研究の道を広げ,我々人類がより必要としている治療法の供給を可能にした.だがヒトの生命,尊厳が問われている状況下で,技術が倫理観を意のままに統治したり,また医療技術,診療行為,診療手技が経済力, 個人の利益,恐怖心,脆弱さの餌食にされるようなことがあってはならない.国々や,地域住民の間に存在する根深い経済的,技術的不均衡は医学生物学研究やヘルスケア実務に大きな影響を与えてきた.こうした不均衡を是正する努力を世界規模で達成しなければならない.それが成功すれば,全ての個人,コミュニティの権利と安全が適正に守られるようになり,彼らの権利と義務との間に適切なバランスが達成されることになる.

この課題の追求のために,人類遺伝学における倫理的問題のなかにはかなり論議を呼ぶものがあり,現時点にあっては,各国間で一致した見解に至るのには厳しいものもいくつかある. 今回の会議は,こうした問題に関してできるだけ道徳的コンセンサスを得るのが一つの目的であったが,国際的に未だ見解が一致しない中で同意に達するのは不可能であった.これらの特異な問題に関しては各国で法律も異なっている.だが法律は討議の対象になり得るものであり,変革も改革も可能であると我々は認識している.

こうした困難な問題に直面して,我々は,WHOがこれらの対立する意見をまとめなければならないとは考えていないが,遺伝学の知識と発見を医学の目標の中に取り込む仕事に関して,それぞれのリーダーや人々に働きかけて,一つの国際的な統一見解を作るための呼びかけをすることはできると考えている.我々はそれぞれの国において,公衆の道徳的態度を形成する文化, 宗教,社会機構の多様性を認め且つ尊重している.我々は,また 世界の文化的・宗教的伝統の問題については,科学的に情報を伝えられたメンバーの間で,互いに敬意を払って討議を継続し,さらに,発展国と発展途上国の双方間で意見交換を行うことを提案するものである.

公衆を教育することはWHOの第一目標でなければならない.教育こそは本書で提案している諸問題について,見識ある議論を進めるための必要条件である.WHOは倫理と遺伝について公論を世界規模で推し進めるため,その場を提供することに主導的でなければならない.
2.医学における倫理原則[ethical principles]

医学における倫理ガイドラインの伝統的原型[traditional sources]は,医学の一領域を形成する遺伝医学にたいしても,当然,適用され得るものである(表1).しかしながら,遺伝医学の中心的課題は,伝統的な医療の構造や医師−患者の関係を越えている.例えば:

(a) 遺伝情報が当事者だけではなく,むしろ家族全体に影響を及ぼすことがある;
(b) 明らかにされた遺伝情報は,時には,その個人またはその家族にとって
     将来望ましくないことが起こる可能性を示唆することがある;
(c) 遺伝情報とそれに対する現在の選択が,次の世代に影響を及ぼす;
(d) 遺伝カウンセリングに際して,伝統的に非指示的な態度をとってきた;

などである.

表1.医学に関連した倫理原則[relevant ethical principles in medicine]
- 個人のオートノミー[autonomy]に対する尊重:個人の自己決定権を尊重し,
  判断能力に制限のある人を保護する.

- 善行 [beneficence]:個人の福祉,幸福を守ることを最優先させ,
  彼らの健康に寄与すべく最善を尽す.

- 被害防止[non-maIeficence]:当事者に対して有害なものを取り除き,防ぎ,
   少なくとも,有害なものを最小限にする.

- 正義[justice]:個人を公正,且つ公平に扱い,保健に関する便益と負担を,
  対社会的にできるだけ公正に配分する.

オートノミー尊重の基本原理は:(a)権能を持った人の自己決定,選択を尊重すること.(b)権能を失った人,例えば子どもや知的障害者を守ることである.

善行[beneficence,“bene”=good]の基本は,医師は個人及び家族の福祉(welfare)を最優先させる義務があるという原理である.善行はまた,それに関係した人々の任意の協力により健康増進をはかるという医学の最終目標に影響を与える.

被害防止[non-maleficence,“male”=evil, harm]は基本的な医学的規範である“危害を加えない(do not harm)”という原理である,これは,個人及びその家族に対する被害を全て防止する義務,もし被害を避け得ないのなら,最小限にする義務があることを意味している.

正義[justice]の目標はいささか趣を異にしている:人々を公正に扱うこと,その人にとって受けるべきものを与えること,またはその人が受ける権利のあるものを与えることである.“分配[distributive]”の正義(または,社会的正義)とは,社会の調和と協力を強化するために,便益(例えば財産)と負担(例えば課税)を,公正に且つ公平に配分することを意味している.そこで,ヘルスケアの便益(例えば,診断,治療)と負担(高額なケア費用の適切化,または研究に伴うリスク)の配分は,倫理的に正当化されたルール;例えば,それぞれの必要性,それぞれの公平な分担,または機会などにしたがって,行われなければならない.

現在,表1に掲げた原則は,特に個人の尊重という点で,全世界で等しく扱われているとはいい難い.この事にあまり馴染みのない,またはごく稀にしか係わりを持たない一部の国々においては,医療関係者はこの原則に特に注目する必要がある.

遺伝性疾患,先天異常の予防とケアは先進工業国に住んでいる人だけの問題と考えるのは,一般に流布されている誤った概念である.遺伝性疾患は,どの国家でも,個人の社会経済状態とは関係なく,同様な頻度で生じる.事実,如何なる社会にあっても,遺伝的に不利な条件を持って生まれてきた子どもは,感染や低栄養など環境が要因となる疾患や死に対して,ハイリスクの状態にある.ヘルスケアに関する重要な権利として,遺伝性疾患についての診断,治療,予防などのサービスにアクセスすることも含まれるべきである.他の健康サービスと関連して,遺伝サービスが占める優先性はそれぞれの国における公衆衛生政策の問題である.

WHOの構成各国は,遺伝性疾患のコントロールに関するWHO科学グループ報告(Report of WHO Scientific Group on Gontrol of Hereditary Diseases[3]の提案に沿って,遺伝サービスに関する基準をとりいれた公衆衛生政策の設立を目指すべきである.人々は,それぞれの国が決めるケアの基準に従って,費用の支払い能力に関係なく,必要に応じて,遺伝サービスに公平にアクセスできる権利を有している.同時に,ある集団,例えば女性,子ども,障害者は,ある社会では,特に不利で無防備な状況にあるので,特別な配慮が払われるべきである.関係者は,そのような人々が危害にさらされているのが何処であれ,保護するための助力を惜しむべきではない.

遺伝サービスの中でも,多くの人々にとって重い負荷になるものや必要性の高いものに関するプログラムにこそ優先権が与えられるべきである.特に,そのコミュニティーの必要性,期待,信念に適合した技術と人員を活用して,遺伝サービスをプライマリーケアのレベルに導入することに努力すべきである.一方,一部の経済的に裕福な社会層の人々のためにのみ提供され,多くの大衆には無縁の高額で高度の技術開発は,限られた資源の不公正な使用に他ならない.

分配の正義の原則とは,限られた資源を必要性に応じて公正に利用することである.したがって,医学的理由よりも,文化的[cultural],もしくは個人的な要請に応じて,遺伝サービス(例えば,出生前診断)が利用者に迎合するのはこの原理に反している.
3.遺伝医学の目的と実践

遺伝医学は,ある遺伝的状況をもつ人とその家族へのサービス提供に,最も中心的な関わりををもつ医学の一分野である.遺伝医学の目標は,遺伝的不利益のある人々とその家族が,限りなく正常に生き,子供をもち,妊娠出産,健康について十分知らされた上での選択[informed choice]が可能となるように支援すること,また,人々が必要に応じた遺伝サービス(診断,治療,リハビリテーション,予防)や社会的支援システムの利用が出

来るように手助けすること,人々がその個性的な状態に適応することを支援すること,そして適切な新しい展開についての情報を与えることである.

遺伝医学の研究領域は単一遺伝子病(例えば,血友病,鎌状赤血球症,神経線維腫症,嚢胞性線維症),複数の遺伝子と環境要因との相互作用による疾患(例えば,先天奇形,糖尿病,高血圧,心臓病・乳癌・精神障害)・染色体異常による疾患(例えば,ダウン症候群)を含んでいる.遺伝医学における診断は,先天異常を含めて疾患の臨床的診察のほかにDNA,蛋白,染色体を実験室で分析することによりなされる.

単一遺伝子病は稀ではあるが,遺伝子と環境要因の相互作用が原因となる状況は決して少なくなく,これにはさまざまな疾患,例えば心血管疾患,癌,喘息,糖尿病, 精神障害が含まれる.遺伝医学における予防医学的側面には, 疾患の発症の予防(例えば心疾患)、早期発見と治療(いくつかの癌において)という観点から,ハイリスクの人を見い出すことが含まれる.現在,体細胞レベルでの遺伝子治療や,ある遺伝子の働きを改善させたり停止させたりする治療の開発のための多大な研究が行われている.

遺伝医学サービスは医療ケアの全ての領域で組織されなければならないし,特別にトレ−ニングを積んだ医師によって管理,運営されなければならない.実際の活動は,さまざまな職種の保健担当者によって,それぞれの社会組織におけるヘルスケアのレベルに従ってまた保健担当の特別組織の意向に沿って,進められることになる.遺伝チームのメンバ−には職種の異なった人たち,遺伝学研究者[ph. D geneticists],看護婦,プライマリ−ケア担当医師,その他の医療関係者,特にトレ−ニングを受けたヘルスケア従事者,または遺伝カウンセラー,ソーシャルワーカー,研究室職員が含まれるであろう.
4.遺伝サービスに対する倫理原則の応用

上に述べた倫理原則の遺伝サービスへの応用を表2に示した.

表2.遺伝サービスにおける生命倫理の基本
- 公的財源は,それを最も必要としている人へ,公正に配分する.(正義)

- 遺伝に関する全てのことがらに関する選択の自由を認める.
   生殖医療にあっては女性が重要な決定権を行使すべきである.(オートノミー)

- テストや治療を含む遺伝サービスへの参加は自由意思による;
   国,社会,医師による強制力を排除する.(オートノミー)

- 人のもつ多様性, 及び少人数意見を尊重する.(オートノミー,被害防止)

- 知識の有無に拘わりなく,人々のもつ基本的知性を尊重する.(オートノミー)

- 一般大衆,医師,医療関係者,教師,聖職者,その他の宗教関係者を対象とした
  遺伝医学の教育.(善行)

- 患者の会や親の会があるなら,密接な連絡をとり協力する.(オートノミー)

- 職場,保険,または学校での,遺伝情報に基づいた不公正な差別,優遇措置の防止.(被害防止)

- 他の職種の人々と相互関係を保持し,協力体制を確立する.
  可能なら,個人および家族をそのチームの正式構成員になれるように援助する.
 (善行,オートノミー)

- 個人を尊敬するような,非差別用語の使用.(オートノミー)

- 時に応じて,適切な措置を講ずる,または治療を続行する.(善行,被害防止)

- 医学的適用外の検査,措置は行わない.(被害防止)

- 検査方法を含めて,サービスの制度管理を進める.(被害防止)

遺伝性疾患に罹患している人に対しての非差別用語の使用は,その人の人格を強調するものである.例えば,ダウン症候群の誰か[someone with Down syndrome]を表現するのに,“ダウン症児[Downsyndrome child]”や“ダウン症例 [Down syndrome case]”よりも,“ダウン症の人,または子ども,[person or child of Downsyndrome]”と言う方が良い.障害を持った人を非人格化したり,烙印を押すような言動は避けるべきである.
5. 遺伝カウンセリング

非指示的カウンセリングには二つの大きな要点がある. 第一は個人及び家族が意志決定するときに利用する事ができる正確で, 十分な, 偏りのない情報を提供することである. 第二は自己決定しようと努力している人たちをガイドし , 助力することに, 理解者の立場で共感する関係を築くことである. 非指示的カウンセリングとは, カウンセラーが自分で最善と考えている方向に導くような意識的に歪曲した情報を与えるのを避けることである. 来談者個人およびその家族は正確な情報源をカウンセラーに頼らざるを得ないし, 仮に情報に偏りがあっても,普通それを見抜く方法をもっていない.非指示的カウンセリングは,カウンセラーが来談者個人とその家族に,情報だけを与えて,何ら援助することなしに意思決定させるべく,彼らを放置することではない.多くの人は,彼らの問題に耳を傾け,彼ら自身の価値観に気づかせ,上手に表現できるように手助けしてくれて,意思決定に至る過程を支援してくれる,そんな人と話をしたいと思っている.非指示的カウンセラーは相手に何をすべきかを告げるのではない;意思決定は本人,その家族が下すものである.カウンセラーは,できるだけ全ての決断を支持すべきである.

非指示的カウンセリングが好ましいとされる理由の一つは,遺伝学は治療方法が限られていても,主として診断的専門性を発展させてきたことにある.治療法がさらに開発されたり,一般的な多因子遺伝病に関する感受性検査がライフスタイルの変更を勧めるのに役立ち,それが人々に便益をもたらすようになれば,カウンセリングの仕方は,一般診療で有益な治療法やライフスタイルの変更を勧めるのと同様のものになるだろう.生殖医学における選択[reproductive choice〕に関わるカウンセリングは,今後も非指示的でなければならない.遺伝カウンセリングの基礎になる倫理的原則とその適用について,表3に概要を示す.

表3.遺伝カウンセリングに関する倫理規範
- 個人およびその家族に対して敬意を払う.すべての情報を開示し,その人の自己決定を尊重し,
  正確で偏りのない情報を伝える.(オートノミー)

- 家族間の信頼関係を保証する.(オートノミー,被害防止)

- 個人およびその家族の健康状態に関するすべての情報を開示する.(被害防止)

- 個人家族のプライバシーを,雇用者,保険会社,学校など(情報アクセスに関して)
  正当性のない侵入から保護する.(被害防止)

- 第三者機関により遺伝情報が悪用される可能性について注意を促す.(被害防止)

- 血縁者が遺伝的危険にさらされている場合は,クライアントにはそのことを血縁者に
  伝える倫理的義務があることを伝える.(被害防止)

- 子どもを望むなら,本人が配偶者/パートナーに自分は保因者であることを伝える
  見識を持つことを伝える.
  ただしその開示が結婚に望ましくない結果をもたらす可能性のあることも伝える.(被害防止)

- 個人の遺伝的状況(病態)が公的集団に影響を及ぼす可能性があるときは,
  それを開示する道義的責任があることを告げる.(被害防止)

- できる限り偏りのない情報を伝える.(オートノミー)

- 治療法がある場合を除き,非指示的なカウンセリングを行う.(オートノミー)

- いかなる時もできるだけ,子ども,思春期の青少年を,彼ら自身のことに関する決定に
   参加させる.(オートノミー)

- もし必要なら,また望ましいなら,繰り返し連絡をとるべきである.
  (被害防止・善行,オートノミー)

検査結果の全面的開示とは,あいまいな検査結果,新しくてまだ定説のない解釈,検査結果をめぐって医療関係者間で対立している解釈などの開示も含んでいる.

再接触[re-contact]とは常に新しい情報に通じ,保健,生殖医学に関連した新しい展開に関して,カウンセリングを受けた個人およびその家族に,彼らが断らない限り,適時,再接触することである.
6.遺伝スクリーニングと遺伝テスト[genetic screening and testing〕

遺伝スクリーニングはある集団について,特定の不利な結果をもたらすリスクが高いと判定される無症状の人を見出す検査である.例えば,新生児を対象としたフェニールケトン尿症発見のためのフェニールアラニン・スクリーニングやダウン症の胎児をスクリーニングするための妊婦を対象とした母体血清生化学的マーカーテストなどである.スクリーニングを受けて,高いリスクを持つと判定された人には確定診断を提供するべきである.

遺伝テスト[genetic testing]は特定の遺伝子の状態を解析する事である.遺伝テストは以下の状況を検査する目的で行われる,(a)症状が出現している個人の遺伝的状況についての特異的な診断,(b)診断時,無症状の個人が将来特別の状態となる可能性(発症前診断),(c)特定の多因子遺伝病,例えば癌,心血管疾患についての遺伝的素因の存在.

遺伝スクリーニングおよび遺伝テストの主な目的は疾患の予防,または早期発見・早期治療を保障することである.

普通,マススクリーニングプログラムは,確証のある治療法または発症予防法が実行可能な場合に限り行われる.平均よりリスクが高いと判定されてスクリーニングされたグループ集団については,そのグループが全体の集団から差別されるのを防ぐことが重要である.疫学研究目的で個人名を隠して行われるスクリーニングは,スクリーニングを受けた個人に予防,治療などの申し出は行わない状態で,スクリーニングが行われることをあらかじめその対象集団に伝えた後なら許される.スクリーニングプログラムは,一般に,それを受けるグループのコミュニティーリーダーと共同で作業すれば,より円滑に進めることができる.スクリーニングに際しては,あらかじめ,そのための教育プログラムを用意すべきである.

もし,スクリーニングが新生児を対象にして進められるのなら,医療関係者は適切な時期に,有効な治療法が供給されることを確認しておかなければならない.遺伝スクリーニング,遺伝テストのための倫理的ガイドラインを表4に示す.

表4.遺伝テスト,遺伝スクリーニングのためのガイドライン
- 遺伝テスト,遺伝スクリーニングは一つの例外を除いて(最後に記載),
  自由意思でなされるべきであり,強制的になされるべきではない.(オートノミー)

- 遺伝テスト,遺伝スクリーニングは,その目的及び予想される結果について
  適切な情報が与えられ,さらに可能な選択肢が提示された後, 行われなければならない.
  (オートノミー,被害防止)

- 疫学研究を目的とした無記名でのスクリーニングは,あらかじめそのことが知らされている
  集団について行われる.(オートノミー)

- 差別を生む可能性を避けるために,検査を受けた本人の承諾なしに,
  検査結果は決して雇用者,保険会社,学校, その他第三者機関に伝えてはならない.
 (オートノミー,被害防止)

- 情報の開示が特定の個人,または公共の安全性に寄与するような稀な状況下では,
  医療関係者は,情報開示についての決断をその個人にうながすように努力するのが望ましい.
 (善行,被害防止,正義)

- 検査結果,特に問題があるときは, 遺伝カウンセリングを繰り返さなければならない.
 (オートノミー,善行)

- 治療方法,予防方法がある場合,できるだけそれを早急に施行すべきである.(善行,被害防止)

- 診断,治療が新生児に便益をもたらすなら,新生児マス・スクリーニングは
  強制的に行うべきである.(善行,正義,被害防止)

7.インフォームドコンセントと遺伝テスト

倫理的に要求されるインフォームドコンセントは,研究の場合と,実際の診療の場合とでは異なる.研究に関する国際倫理ガイドライン[4]は新しい遺伝テストの設定と,精度管理や他の研究に関連した事項の設定に有用である[5].もし資料から提供者が識別可能なら,如何なる研究も遺伝テストを法的に有効なものにするため,インフォームドコンセントが必要である.人々は,将来,その資料がどう使われる可能性を持っているのか,個人識別標識は残されているのか,またそうなら,その人たちのヘルスケアについて新事実が判明したとき,再接触が試みられるのかどうか,などについて知らされておくべきである.

もし,子ども,思春期の青少年が研究プロジェクトの一部に加わるのなら,彼らに賛同[assent]を求めるべきである.子どもから賛同[assent]を得るためには,子どもの年齢に応じた言葉で,テストがもたらすリスクと便益の可能性について述べられた適切な説明が必要である.

表5は,遺伝テストを実際の診療で行う場合と研究で行う場合に分けて,インフォームドコンセントのための倫理的必要事項を示したものである.

表5.オートノミーとインフォームドコンセントに関して提案された倫理ガイドライン
''A. 実際の診療での対応''

 実際の診療での遺伝テストは,自由意思で行われるべきであり,
 また以下に述べるような問題点をあきらかにした上で,
 遺伝サービス全般や法的に有効なインフォームドコンセントの
 プロセスの中で扱われるべきものである:
 - テストの目的.
 - 正しい予測をもたらす可能性.
 - テストを受けた個人やその家族にとっての検査結果の意味.
 - テストを受けた個人の選べる選択肢,及び代替の方法.
 - テストの持つ潜在的な便益とリスク,これには社会的また心理的なものを含む.
 - 社会的リスクには保険会社,雇用者による差別も含まれる(仮にそれが違法でも).
 - 個人もしくはその家族がどのようことを決めても,それによりケアが変わることはないこと.

''B.研究および精度管理への対応''

法的に有効なインフォームドコンセントには以下のような要点が含まれる:
 - 研究の実験的性質および目的.
 - 個人参加の理由,さらに参加の任意性.
 - 方法.
 - テストがもたらす, 個人およびその家族双方にたいする不快感リスク(もしあれば).
 - 予測のために,また正確な遺伝カウンセリングの施行目的で行われるテストの結果が
   必ずしも正確でない可能性があること.
 - 他の人,科学などにも寄与する可能性のある便益.
 - テストを受けた個人を識別できる記録を守秘する義務.
 - 研究に関しての疑問,または研究で受けた損害を受けた場合に相談できる人.
 - 何時でも不参加を表明できる個人の権利.
 - 不参加の場合でも,個人,その家族が制約されることなくヘルスケアを受ける権利.

8.発症前テストと易罹患性テスト[presymptomatic and susceptibility testing]  発症前テストは,遅発型遺伝病の遺伝子をもっている可能性,つまり,現在は健康ではあるが,その遺伝子を持っていればいずれ年をとってから発症する(例えば,Huntington病などの)個人を見つけるのに用いられる.易罹患性テストは,多因子遺伝病,例えば心臓病,Alzheimer病,癌などに罹患するリスクの高い遺伝素因を受け継いでいる健康な個人を見つけるのに用いられる.しかし,仮に素因を持っていても問題の疾患に罹らない可能性もある. 治療法のない疾患についての発症前テストは以下のような状況がそろったときに行うべきである.

  • A.テストによって得られた情報はテストを受けた個人,配偶者,家族,生まれてくる子ども,その他の人の被害防止に利用される.
  • B.有益でない結果が起きる可能性や,正確な発症年齢,または(時には)疾患の重症度については推定できないことなどテストの限界について十分に知らされている.
  • C.被験者(または法廷代理人)は同意[concent]を与えるのに相応しい知的能力をもっている.
  • D.テストには,疾患に対する適切な長さと内容を持ったカウンセリングプログラムが用意されている.

子どもについてテストの要請を受けても,予防や治療についての医学的便益がない成人発症型疾患の発症前テスト,または易罹患性テストは,成人に達して自己決定できるまで延期するのが,一般的には最も良い.カウンセリングでは,遺伝医学専門家は子どもについてテストした場合に子どもが受ける可能性のある便益と危害について説明する必要がある.

発症前テスト,易罹患性テストについて提出された倫理ガイドラインを表6に示す.

表6.発症前テスト及び易罹患性テストに関する倫理ガイドライン
- 心臓病,癌あるいはその他の一般的疾患[common diseases]で遺伝的素因が発症に
  関与している可能性のある疾患の家族歴を持つ人の遺伝的易罹患性テストについては,
  得られた情報が疾患の予防,治療に利用できるようであれば, 勧められるべきである.
 (善行)

- 易罹患性テストはすべて,適切な情報が与えられ,インフォームドコンセントに基づいて,
  自由意思でなされなければならない.(オートノミー)

- 発症前テストは,リスクを持ち,テストを望む成人について,適切なカウンセリングと
  インフォームドコンセントの後に,仮に治療法がなくても,施行されるべきである.
 (オートノミー)

- 小児及び思春期の青少年については,彼らに潜在的に医学的便益があると判断されたときのみ,
  テストを行うべきである.(オートノミー,善行,被害防止)

- 雇用者,保険会社,学校,政府機関,その他第三者機関はテストの結果に
  アクセスしてはならない.(被害防止)

9.情報開示と守秘義務[disclosure and confidentiality]

遺伝情報の開示と守秘義務は,遺伝医学で遭遇する倫理問題のなかでも最も頻度の高い問題である.第三者機関に漏らすことで危害が生じる可能性があるので,守秘義務については細心の注意が要求される.しかしながら,個人の遺伝診断[genetic diagnosis]は,時に,その人の血縁者の遺伝的リスクも明らかにする.こうした状況下では,遺伝医療従事者は血縁者にも遺伝カウンセリングを受けるように,その人に勧めるべきである.もしそれを拒んでも,特に効果的で入手可能な治療法があるなら,カウンセラーが直接血縁者に接触するのは倫理に反しない,その時心しておくことは,情報は彼らの遺伝的リスクのみに限り,遺伝状況[genetic situation]や,誰が情報開示を拒否したかなどには触れるべきではないということである.カウンセラーは適切な追跡調査できるような体制を確立すべきである.

情報の開示,守秘義務に関するガイドラインを表7に示す.

表7.情報の開示,守秘義務に関するガイドライン
- 医師[professionals]は被験者に本人あるいは胎児の健康状態に関する情報のすべて
  を伝えなければならない.適切な情報は自由選択の前提条件であり,カウンセリング
  をする者とされる者の間の関係を特徴づける自由な交流と信頼にとって必要不可欠である.

- 検査結果は,たとえ異常でなくても,遅れることなく,検査を受けた本人に伝えらるべきである.

- 健康状態に直接関与しない検査結果たとえば配偶者が実父でない事実やX連鎖遺伝病
  でない場合の性別については,弱い立場にある人を守るためや,その国の法律で許さ
  れているなら,開示しなくてもよい.

- 検査結果を含めて,遺伝情報を知りたくないと思う個人またはその家族の希望は尊重
  されるべきである.ただし,治療可能な新生児,小児の場合はこの限りではない.

- 心理的もしくは社会的に重大な危険をもたらす可能性のある情報については,
  一時それを伏せておくこともできる.カウンセラーは,情報開示の一般的義務の範囲内で,
  いつ被検者に情報を伝えるのか,その時期について判断することができる.

- もし子どもを持つことを望むなら,パートナーは互いの遺伝情報を共有するように
  勧められるべきである.

- 教育するための一般的義務の一つとして適切と判断されたなら,カウンセラーは人々
  に遺伝情報は血縁者にとっても有用であり,血縁者に遺伝カウンセリングを受けるように
  勧めることを伝えるべきである.

- 特に重大な遺伝的負荷を避けることができるときには,その血縁者自身の遺伝的リスク
  を知るために家族の遺伝情報を提供することが可能であるべきである.

- 保因者テスト,発症前テスト,易罹患性テスト,出生前テストの検査結果は,雇用者,
  健康保険会払, 学校,政府機関に漏らしてはならない.
  遺伝的状況が,本人にとって不利に働いたり有利に働たりすることがあってはならない.
  症状に関する情報は,それぞれの国の法律, 習慣に従って,一般医学情報の一つとして
  開示されることがある.

- 登録されたものは,如何なるものであっても,守秘義務の厳重な規範に従って守られる
  べきである.

10.出生前診断

遺伝性疾患や異常胎児の出生前診断は,胎児細胞のDNA解析,超音波診断,母体血清生化学的スクリーニング(羊水穿刺)により,その対象疾患数を確実に増やしてきた.出生前診断の目的は,胎児が特定の医学的状況にあり,そのために,妊娠を困難にしている状態を除外することにある.得られた情報は,カップルが選べる選択肢,例えば,妊娠を最後まで継続し難しい分娩や罹患した胎児の誕生に備える,または妊娠を中絶するなどの意志決定のプロセスを援助するために告知される.遺伝カウンセリングは出生前診断する前および胎児が罹患していることを示す結果が得られた後に,十分知らされた上での選択[informed choice]を確保するために,特に重要になる.母体血清の生化学的スクリーニングについては,その目的,便益,限界に関する情報を検査前に提供しなければならない.その情報には,いかなる異常結果も侵襲的出生前診断により確認する必要性があり,検査は妊娠中絶に繋がる可能性を持っていることを含んでいなければならない.(注)

出生前診断後,罹患している胎児の中絶に関しては,文化,宗教,それぞれの国の法律に従って,異なった対応がとられている.WHOはこうした違いを解消する力は持っていない.しかし,出生前診断のためのガイドラインや各国の法律の基本骨格について示唆することはできる.出生前珍断施行後の,またそれに関連しての遺伝カウンセリングのための倫理ガイドラインを表8と表9に示す.

(注)出生前診断後に,個人またはカップルが選べる選択肢としての妊娠中絶について,本文中の言及は,そのような状況下での中絶が法律によって禁止されていないことを想定してのことである.このことに関して,WHOは人口と発展に関する国連レポート[Official United Nation Report on Population and Development(カイロ,1994年,9月,5-13日)]を参考にしている,そこでは(文節 8.25):家族計画を目的とした中絶は行うべきではない.…望まれない妊娠をした妊婦は有用な情報と温情的[compassionate]カウンセリングに迅速にアクセスすべきである.ヘルスシステムの中での,中絶に関係した如何なる対応も変更も,国の立法過程に従って,囲または地方[local]のレベルでのみ決めることができる.

表8.出生前診断の倫理ガイドライン
- 費用の支払い能力,またはその他の理由とは無関係に,
  医学的に最も必要としているものから順番に,出生前診断を含めた遺伝サービスは
  公平に供給されなければならない.(正義)

- 出生前診断は,本来,自由意思でなされなければならない.
  両親になるカップルは,自身の遺伝性疾患が出生前診断をうける理由になるか否か,
  罹患している胎児を中絶するか否かについて決断しなければならない.(オートノミー)

- 出生前診断が医学的適応になるのなら,妊娠中絶を行うか否かに拘わらず,
  利用可能でなければならない.
  出生前診断は,ある場合には,障害を持つ子の誕生に備える目的でなされることもある.
  (オートノミー)

- 出生前診断は胎児の健康に関する情報を両親および医師に与える目的でのみなされる.
  父親確認のための出生前診断は,レイプもしくは近親相姦の場合を除いては
  行われないし,性の選択のための出生前診断もX連鎖遺伝病の場合を除き行われない.
  (被害防止)

- 医学的適応がなく,単に妊婦の不安を除く目的で行われる出生前診断は,
  医学的適用のある場合に比して,費用の配分の観点から,優先順位を低く設定すべきである.
  (正義)

- 遺伝カウンセリングは,出生前診断の前に行われなければならない.(被害防止)

- 医師は妊婦またはカップルに,臨床的に必要なすべての情報を開示しなければならない.
  その場合,症状や重症度の幅を含んだすべての可能性を示さなければならない.
  (オートノミー)

- 妊婦またはカップルの,障害をもつ胎児についての選択は,その家族,その国の法,文化社会の
  枠組みの中で,尊重され保護されなければならない.
  その選択は医療従事者ではなく,そのカップルがしなければならない.(オートノミー)

テスト前カウンセリングは,あらかじめ両親にそのための心の準備をさせるので,(胎児が罹患している場合)テスト後のカウンセリングをより容易にしてくれる.カウンセリングには,少なくとも表9に示された内容を含むべきである.

表9.出生前診断の前に行われる遺伝カウンセリングの要点
- 検査により解明されると思われる主な病気の名前および一般的な特徴.
  全ての病気を網羅する必要はない.病気の特徴に関しては,それが生まれてくる子ども,
  両親,家族の生活におよぼす影響について記載されていなければならない.

- 出生後の疾患に対する治療の可能性や,援助的ケアを受けることができる可能性.
  胎児が罹患する可能性(危険率)についての記載.
  危険性については,さまざまな表現で(例えばパーセンテージ,割合,数値だけでなく言葉で)
  説明されなければならない.

- 悪い検査結果,思わぬ結果,期待していない結果が得られる可能性.

- 胎児に障害があると診断された場合のさまざまな選択肢,例えば
  分娩して家庭で育てる;可能なら,施設に預ける;養子に出す;妊娠を中絶する;
  胎児治療する;出生直後に治療するなど.

- 検査結果や超音波検査結果がはっきりしない可能性.

- 胎児に障害があると分かっても,ほとんどの場合,出生まで治療は不可能であり,
  障害の存在を知ることが胎児にとっては必ずしも益にならないことについての情報.

- 障害の多くは生まれる前に診断できないし, また(現在問題としている疾患以外に,)
  その家族がどのような遺伝的危険にさらされているか,担当医師には予想できないので,
  行われた検査結果が正常でも,胎児に障害がないという保証にはならないことについての情報.

- テスト施行に際しての危険性は,胎児にもその母親にもあること.

- 時には,何らかの非医学的リスクもあり得ること
  (例えば,可能性として,親の雇用,ヘルスケアに対して).

- 非侵撃的スクリーニング,
  例えば妊娠早期の母体血清中のアルファ・フェトプロテイン測定は出生前診断・遺伝的中絶を
  決断するファーストステップになり得ることについての情報.

- 費用.もしその制度があるなら,母親またはカップルのための費用負担先.

- もし接触を望むなら,遺伝性疾患支援グループ,その疾患の患者,親の会の名称と連絡先.

11.預けられたDNA[banked DNA]

保存された組織,または血液サンプルのDNAは家族の遺伝性疾患の検索や,研究に有用な情報を提供してくれる.DNA検体から得られる情報はDNA提供者にとってのみならず,その血縁者にとっても重要である.従って,保存してある DNAへの家族からのアクセスは考慮する必要がある.

既に,大学や病院に保存してある組織やサンプル,集めてある血液スポットは,今後,同意[consent]や再接触[re-contact]に関して作られる,新しいルールの対象にすべきではない.

将来収集されるサンプルについて方針を決める場合,以下のことに留意するとよい:

− 雇用者,保険などによって差別される可能性から個人を守ること; − 研究結果が個人にもたらす可能性のある便益; − 同一サンプルを他の異なる予期していない研究にも使用される可能性; − 国際的共同研究の研究者間,企業体間でサンプルを共有する可能性; − 全ての識別標識(コードナンバーも含めて)を除いたときの利益と不利益
将来の不特定な研究課題もふくめ,遺伝研究全般にわたりサンプルの使用を許すような,包括的インフォームドコンセントが取れれば,それは最も効果的であるし,新しい研究課題に取り組む前に,その都度接触する費用も省けるので,経済的でもある.同意[consent]にはサンプル提供者の家族も,提供者の遺伝的状態ではなく,自分自身の遺伝的状態を知るためにサンプルにアクセス要請ができるように特記すべきである.配偶者には子のようなアクセス権は与えられないかもしれないが,配慮の必要はある.全てのサンプルは守秘義務に関して,適切な配慮のもとで使用されなければならない.バンクされたDNAへのアクセスについてのガイドラインを表10に示す.

表10.預けられたDNA[banked DNA]へのアクセスについて提案されたガイドライン
- 将来の研究課題のために使用できるような,包括的インフォームドコンセントの取り方
  が最も効果的な手法である.

- DNAの管理は家族に任されるもので,個人のみに任されるもではないであろう.
  血縁者は,DNA提供者の遺伝的状況ではなく,自分自身のそれを知る目的で
  保存しているサンプルにアクセスできる.

- DNAバンクへの経済的寄与の有無に関係なく,家族はアクセスできるべきである.

- DNAは生存している血縁者,将来血縁者となる者,または胎児に利益をもたらすように,
  可能な限り,長時間保存しておくべきである.

- 家族には,一定期間ごとに,テストおよび治療についての新しい展開を伝えるように
  試みるべきである.
  追跡を可能にするために,DNA提供者は最新の住所をDNAバンクに伝えるべきである.

- 全ての血縁者が死亡し,また接触を試みたが不成功であった場合,サンプルは破棄してよい.

- 配偶者は提供者の同意[consent]なしに,DNAバンクにアクセスしてはならない.
  しかし,DNAがバンクされたことについては知らせてもいい.
  もし,カップルが子どもを持とうとしているのなら,適切な遺伝情報を配偶者に伝えるのは,
  DNAをバンクした当事者の道徳的義務である.

- 情報が公衆の安全性に直接関わる法的な目的または動機がないのなら,
  提供者の同意[consent]なしに,機関はアクセスするべきではない.
  同意を強制する保険金社,雇用者,学校,政府機関やその他の第三者機関には,
  たとえ提供者の同意が得られても,アクセスを許すべきではない.

- 見識ある研究者は,個人識別可能な状況を除いてから,アクセスするべきである.
  将来,関連家族に有用で,潜在的に価値あるサンプルは,保存されるべきである.
  また利用できる状態にあるべきである.

人類遺伝学の医学生物学的研究は診断薬や医薬品の開発を主導できる.こうした開発に必要な資金の調達のために,特許が必要になるであろう.しかし,遺伝子の塩基配列を決めても,その有用性を証明しなければ特許の対象にはならない.特許は,特に発展国と発展途上国の間での,国際協調の障害になる潜在性を有し,遺伝性疾患患者へのサービス提供を最終的に不利にする原因になる.遺伝学では,重要な新しい知識は特別の遺伝子変異を持つ家族, 種族を解析して得られると言う点で,他の多くの研究分野とは異なっている.もしこのことが診断テストや治療法の発展を主導しているのなら,公正の概念からみて,提供者またはコミュニティー全体は何らかの便益を受けるべきである.
12.生殖補助技術と遺伝医学

直接,遺伝医学に関係することではないが,種々の生殖補助技術は遺伝カウンセリングと関連して,しばしば論議される.遺伝性疾患の子どもをもつリスクのあるカップルは,他の代替を選択することもできる.それには卵,精子,胎芽の提供を受けること,または代理母が含まれる.それぞれの国はこの生殖補助技術の受け入れに関して,所信に従い,それぞれ異なった幅広い法的対応をとっている.さらにいえば,これらの代替技術は,多くの場合,医療資源のなかでも高額である.どの代替生殖技術について依頼されようとも,対応は,それぞれの国の文化的伝統や信仰のみでなく,個人及びその家族のオートノミーへの尊敬を基にした総合的観点の上からも首尾一貫したものでなければならない.この文脈で,生殖クローニング(完全に別の個人由来のゲノムを持った胎児の創造)はWHOを含んだ国際機関から否定され,さまざまな社会層に恐怖心を抱かせ,現在国際的に受け入れられている倫理ガイドラインに違反するものである.
13.謝辞

会議の参加者は,すでに配布された文書“遺伝医学の倫理諸問題及び遺伝サービスの提供に関するガイドライン”[2]へのコメントを送ってくれた人々に感謝する.コメントはこの会議の背景となる情報として使わせていただいた.送られた全てのコメントを取り入れた最新飯の文書は1998年に“Review of Ethical Issues in Medical Genetics and GeneticServices?”(遺伝医学と遺伝サービスの倫理問題評論)として発行する予定である.
14. 参考文献

1) Ethics and Health at the Global Level; WHO’s Role and Involvement. WHO Executive Board Meedng-information Document: EB95/INF.DOC./29,23 January 1995.

2) Guidelines on Ethical Issues in Medical Genetics and the Provision of Genetics Services. Unofficial WHO document, WHO/HDP/GL/ETH/95.1.

3) Control of Hereditary Diseases. Report of a WHO Scientific Group. Geneva, 1996,WHO Technical Report Series No.865

4) International Ethical Guidelines for Biomedical Research Involving Human Subjects.CIOMS/WHO, Geneva, 1993

5) Neil A. Holtzman, Michael S. Watson, eds. Promoting Safe and Effective Genetic Testing in the United States. Report of the Joint DOE-NIH ELSI Task Force on Genetic Testing. Baltimore:Johns Hopkins University Press, 1998


 



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